父の通夜と葬儀には、延べ1000人近くが参列してくださいました。
祭壇は、80以上の生花で埋め尽くされ
現役を退いた肩書きの何もない老人の葬儀としては盛大なものでした。
いくつかの関連会社を歴任したせいか仕事関係の弔電も多く
カルロス・ゴーン氏からの弔電もありました。
父は日産一筋に生きてきました。
「技術の日産」を誇りに、愛社精神が強く
佐川急便の社長からヘッドハンティングされたときも
実より名をとると言い、その意志を曲げることはありませんでした。
上司にも臆することなく発言し
仕事はワンマンだったけれど部下だけに押し付けることなく、責任の取り方を知っている人でした。
そして当時の部下の方々が、今現在重役になり活躍している姿を見ると
父の精神が脈々と引き継がれているのだと感じます。
葬儀に参列しても出棺を見送るまでの方が多く、なかなかお骨を拾うまでは残ってはいないものですが
父の友人や部下の方々はたくさん残ってくださいました。
仲間に最期まで見送ってもらえた父は、幸せだと思います。
わたしの会社の上司も同僚も友人も何人か参列してくださいました。
いつも弔事があるたびに、ただ香典を誰かに頼むことが多かったけれど
今後は自らがお悔やみに出向くように心がけたいと思います。
父の遺骨は、甥に抱えられて帰ってきました。
家族に見守られながら四十九日の法要まで自宅に安置されます。
自慢の父でした。
偉大な父を追い越せるとは思えないけれど、強い意志を引き継いで生きていきたいと思います。
おとうさん、ありがとう。
あなたの娘であったことを誇りに思います。