Travel book

待つことが嫌い、協調性がなく団体行動が苦手、計画を立てるのもめんどくさい
そんなわたしが2.5次元舞台にハマってから変わりました
物販に辛抱よく並び、知らない人に声をかけ、聖地巡礼ツアーに出かけ、京都旅行には自らルートを考え・・・
ヲタな旅行の覚書です

旅行嫌いなのに旅行記

Snow Man Dome Tour 2025-2026 ON 2025年12月8日:ただいま

  

博多に戻ってホテルに荷物を取りに行き、お土産と駅弁を購入し、新幹線に乗り込みました。

娘の友人お勧めの「伊都きんぐ」のあまおう苺入りどら焼きは食後のデザートでしたが

本当に滑らかな口当たりで絶品でした。

  

初めての娘と2人だけの旅行を堪能した3日間は、本当に楽しかったです。

留守番をしてくれたけーちゃん、魁ちょ、みこち、ありがとうね。

7月に長野、10月下旬に北海道、そして12月に九州。

今年はあちこちに旅行に出かけた年になりました。

まだまだ行ったことがない場所、行きたい場所があるので

旅行費用を捻出するためにも、仕事を頑張らないとね・・・←働けってか?

お土産いっぱい。

Snow Man Dome Tour 2025-2026 ON 2025年12月8日:マリンワールド海の中道

  

楽しいことはあっという間に終わります。

昨日買った不二家のドーナツを食べて、荷物をホテルに預け、カフェでコーヒーを飲んで一服してから

最後の目的地「マリンワールド海の中道」に向かいます。

といっても、帰りの新幹線に間に合うように博多に戻ってこなくてはならないため

絶対外せないケープペンギンとイルカのショーをメインに廻ることに決めていたのですが

行きの電車が遅延していて、少々不安な出発となりました。

  

娘は幼いころから動物園より水族館が好きで、入場する前からこのはしゃぎっぷり(笑)

入るとすぐにケープペンギンがお出迎えです。

  

  

  

アシカに餌をあげて、さらっと魚たちを見ながら、イルカのショーに向かいます。

前列3列まで椅子の色が違っていたので、きっと水しぶきを浴びるエリアだと察して4列目をチョイス。

後から来た家族連れは、案の定けっこう濡れて子供はギャン泣きでした(笑)

まぁ、外国語を話していたから濡れることを理解できていなかったのでしょう。

夏だったら、わたしも濡れてもいい恰好で行くのでしょうけどね。

  

イルカのジャンプはもちろんのこと、プールの縁を横滑りしていく技は初めて見て、おー!!となりました。

急ぎ足での水族館でしたが、十分楽しめました。

Snow Man Dome Tour 2025-2026 ON 2025年12月7日:福岡PayPayドーム

さぁ、いよいよ福岡ドームへ!!

  

グッズはすでに札幌で入手しているため気分的に余裕があったものの、気になるのはチケットのシート番号。

スタンド後方で、すごくいい席とは言えなかったけれど、炎が上がると熱風がこちらにも感じるほど。

「Nine Snow Charge!!」を聞いていたら、なんだかジーンとしてきちゃって💦

SnowManが実在することを実感できて、同じ空間にいることだけで大満足でした。

 

まぁ、しいて言うならば、アリーナ席にだけ銀テや音符の紙吹雪が届くのはどうにかしてほしいですよね。

2階席、3階席にもちゃんと降らせろーーーーっ!

あるいは、2.5次元舞台のように出口で配付しろーーーーーっ!

そんなふうに思うのは、わたしだけだったのでしょうか?

  

ぞろぞろと退場していく人達が減るまで夕食を食べながら待つことにしたのが正解だったようで

店を出たら、もうほとんど人がいなくなっていてすんなりバスに乗れました。

楽しかった時間はあっという間でした。

Snow Man Dome Tour 2025-2026 ON 2025年12月7日:福岡市博物館

今回の旅行は当然ライブ観戦ですが、もう一つの目的が「日本号」に会うこと。

まずはカフェで朝食を摂り、一服してから出発です。

  

駅前のバスターミナルからバスで向かう途中でドームの前を通ったのですが

面白いことに、「みずほPayPayドーム」で降りるより「九州医療センター」で降りるほうが近い(笑)

  

ディズニーアニメーション特別展示には見向きもせず、いざ!「日本号」の元へ!!

「日本号」は、天下三名槍のひとつで、「日の本一の槍」と称えられ

黒田藩の重臣 母里太兵衛が、福島正則との呑み賭で勝ち取ったという伝承から

別名「呑み取りの槍」とも呼ばれています。

刀ステ「ジョ伝」でも成松さんがいい味出していましたが

実物の「日本号」は、刀身には倶利伽羅龍が彫られ、鞘や柄には青貝螺鈿が施された美しい槍でした。

「圧切長谷部」は1月、「日光一文字」は2月からの展示で、一緒に飾られていなくて残念でした。

  

ライブまでまだ時間があるので、福岡タワーに行こうかと外に出たら、そこがサザエさん通りでした。

開催中のクリスマスマーケットでまずはランチ。

  

わたしはエビクリームグラタン、クラムチャウダー、娘はチーズリゾットとミネストローネ。

そして、ローストビーフと、デザートにはスノーマンが乗っているカフェモカ。

  

おなかもいっぱいになってもまだまだ時間があるので、福岡タワーに昇ってみました。

地上123mにある最上階の展望室からは、福岡の街並みや博多湾などの景色を一望でき、圧巻でした。

眼下にある浮島は、「オーシャン&リゾートマリゾン」という結婚式場。

調べたらまぁまぁのお値段ですが、なんともゴージャスな気分を味わえそうです。

  

まぁ、わたしたちにはまだこちらのほうが楽しいわけですがね。

  

Snow Man Dome Tour 2025-2026 ON 2025年12月6日:博多駅前

博多駅に戻り、夕食は博多ラーメンをチョイス。

鶏の水炊きをベースにしたスープはあっさりなのにコクがあり、担々麺も美味しかったです。

  

博多駅前は、イルミネーションで輝いていて、しばし撮影タイム。

  

それから、ホテルにチェックインしたのですが

部屋が禁煙なのはわかっていたけど、まさかの全館禁煙で💦喫煙室もないとはね・・・

そこで、わたしは駅前のカフェまで一服しにおでかけしたわけでして。

その間に娘はライブに使用する団扇を完成させていました。

  

明日の準備は万全!

ホテル内の浴室にでかけたら満員で脱衣場で待つ状態でしたが、ゆっくりと一日の疲れを取ることができました。

明日も朝からスケジュールみっちりなので、ぬいたちと一緒におやすみなさい。

 

Snow Man Dome Tour 2025-2026 ON 2025年12月6日:太宰府天満宮

  

市営地下鉄と西鉄電車を乗り継ぎ、朱色の駅舎が美しい太宰府駅に到着。

太宰府天満宮は全国天満宮の総本宮であり

道真公の御墓所として唯一無二の聖地「菅聖庿(かんせいびょう)」と称えられています。

参道もお土産屋さんも、人、人、人・・・しかも、外国語ばかり(笑)

まずは、御神牛像、撫で牛の列に並びます。

頭を撫でると賢くなれる、病気やケガをしている部位を撫でてから牛の同じ場所を撫でると治る・・・

などのご利益があるそうで、さっそくわたしは腰のあたりをすりすりしてきました。

  

本殿に向かう境内は紅葉が美しく、撮影スポットがいっぱい。

本殿前で順番を待っていたら、そこに結婚式の行列がやってきたのですが

以前長野に行ったときに善光寺でも遭遇したことがあって、幸せのおすそわけをまたしてもいただきました。

  

現在、菅原道真公1125年太宰府天満宮式年大祭記念事業の一つとして、124年ぶりの大改修を行っており

今回参拝したのは、2023年に御本殿前に特別に建てられた仮殿だそうです。

さて、太宰府天満宮と言えば「梅が枝餅」ですが、門前の茶店、お土産屋でも販売していて

さて?どこが正統な店なのか?どこが美味しいのか?

わからないまま境内の茶店に寄ったのですが、もう店じまいギリギリで食べることができてラッキーでした。

  

参拝後は、会社のパートさんに頼まれたお土産を探して、お土産用のバッグも購入し

ちょっとレトロな喫茶店で休憩して、帰りは博多駅までの直行バスをチョイスしてホテルに戻ることに。

  

 

 

Snow Man Dome Tour 2025-2026 ON 2025年12月6日:いざ博多へ

娘がSnow Man Dome Tour 2025-2026 ONのチケットを申し込み、2年ぶりにご用意されました。

なーさんが札幌、娘が福岡を当てたのですが

福岡はなーさんの予定が悪くていけないということで、急遽わたしがピンチヒッターとなりまして

東京駅で朝食と昼食の駅弁を買い込み、新幹線で出かける母娘二泊三日の珍道中開始です。

  

異動をしてきてからは新幹線に乗る機会がほぼなくなり、久しぶりのしかも「こだま」ではなく「のぞみ」

以前日産九州工場に出張したときに、「のぞみ」の速さについていけず酔ったなぁ・・・と思いつつ

今回は、あれ?こんなだったっけ?と新幹線の速さを忘れてしまったようで、全く快適な・・・

いや、5時間ほど禁煙というのは少々不満ではありますが(笑)車窓を眺めながら我慢、我慢。

  

久しぶりに雪をかぶった美しい富士山を見ながら、通り過ぎていく駅、駅、駅(笑)

いつしかここはどの当たり?と全く分からなくなっていたのですが、無事に博多に到着です。

まずはホテルに荷物をいったん預け、太宰府天満宮に向かいます。

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月26日:無事に帰還

   

バスでの移動距離は、1日目は162㎞、15552歩。2日目は259㎞、10057歩。

楽しい時間はあっという間な2日間でした。

函館空港でお土産を買いあさり、荷物を預け搭乗手続きを済ませて気づいたら参加した方たちの姿が見えず(笑)

そういえば、愛さんがフードコートで夕食を食べようと言っていたっけ・・・と思い出し、無事に合流できました。

2日間ずっと海鮮料理ばかりだったので、肉が食べたいなぁとも思ったのですが

いやいや、最後まで海鮮で締めくくろう!と、海鮮丼をチョイスしました。

食事中にみんなでラインを交換して、またどこかでご一緒しましょうと約束をして解散となりました。

今回の旅のお供は、兼さん、国広、ヒジカタくん、そしてまんばちゃん。

出かけるときに、まんばちゃんは新選組とは関係ないしなぁ~と言っていたら

娘が「守り刀なんだから連れて行けば?」と言うので連れて行ったので、あまり天候も悪くならずよかったです。

  

行く先々で学芸員さんの解説があって、バスの中でも寝る暇もなくいろいろなエピソードが聞けて

本当に内容の濃い充実したツアーでした。

土方さん、榎本さんと共に繋がった新選組愛にあふれた新しい友達との出会いにも感謝です。

またいつかどこかで、是非ご一緒しましょう。

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月26日:土方歳三最期の地碑

   

土方歳三の最期の地については諸説ありますが、最も有力とされているのが「一本木関門」です。

その跡地に近い若松緑地公園の中に、「土方歳三最後の地碑」が建立されています。

1869年5月11日、新政府軍の箱館総攻撃が開始され

島田魁らが死守していた弁天台場が新政府軍に包囲され孤立したため

歳三は籠城戦を嫌って僅かな兵を率いて出陣し、一本木関門を死守し七重浜より攻めてくる新政府軍に応戦。

馬上で指揮を執るが乱戦の中、銃弾を腹部に受け落馬し、そのまま落命したと言われています。

以前見たTV番組で、実は土方さんは味方に暗殺されたという説があることを知りました。

旧幕府軍の幹部で死んだのは土方さんだけで、その死後すぐに降伏したことが暗殺説に繋がっているようです。

たしかに、共に戦っていたはずの榎本さんはその後投獄されたものの明治政府で内閣に入ったわけで

今回のツアーで、そのあたりをお聞きしたかったのですが、どうしても聞くことはできませんでした。

わたしとしては、榎本さんが土方さんの遺志を継いで未来に進もうとしたと思いたいです。

 

よしや身は 蝦夷とふ島辺に 朽ちぬとも 魂は東の君やまもらむ

激動の時代を駆け抜け、最期まで「武士よりも武士らしく」生きた土方さんの生きざまは、誠のもののふでした。 

兼さんも国広も、土方さんの最期の日には一緒にいることはできませんでした。

一緒に、平和な日本の礎をつくってくれた土方さんに感謝しましょうね。

合掌。

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月26日:亀田八幡宮

   

二股口、四稜郭、権現台場跡、榎本武揚像を車窓から眺めながら、亀田八幡宮に向かいます。

戊辰戦争終結時の1869年5月17日、旧幕府軍の榎本武揚、大鳥圭介らが

新政府軍の黒田清隆らと降伏の誓約を交わしました。

その協議を整えた場所が、こちらの旧拝殿であったとされています。

建物の羽目板には、直前の戦闘でついた弾痕が残されていて、激しさが窺い知れます。

2012年11月には、刀をモチーフにした「箱館戦争降伏式之地」記念碑が有志によって建立されました。

 

参加者みんなで目を凝らして、これが弾痕?それとも木の節目?と探し回ったのですが

さて、どれが本物なのでしょうね・・・