Travel book

待つことが嫌い、協調性がなく団体行動が苦手、計画を立てるのもめんどくさい
そんなわたしが2.5次元舞台にハマってから変わりました
物販に辛抱よく並び、知らない人に声をかけ、聖地巡礼ツアーに出かけ、京都旅行には自らルートを考え・・・
ヲタな旅行の覚書です

旅行嫌いなのに旅行記

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月26日:嘆きの松(旧檜山爾志郡役所)

  

わたしにとって、今回のツアーのメインイベントがこの嘆きの松です。

伝説では、土方歳三と榎本武揚は座礁した開陽丸をこの場で眺め、土方歳三が嘆きながらこの松の木を叩き

後日、松の木にコブができて曲がっていったと言われており、「歳三のこぶし」と呼んだそうです。

五稜郭タワーで見たジオラマのような写真を撮りたい!という夢が叶いました。

  

まずは、土方・榎本ご両人にポーズをとっていただきました。

その次に、わたしも撮っていただいたのですが、なんと!榎本さんが隣でうなだれていてくださって

これはもう家宝と言うしかない写真となりました。

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月26日:江差・開陽丸記念館

   

松前城を後にして次は江差に向かいます。

江差の海が見渡せる、眺めの良いレストラン「れすとらん 津花館」

大きな窓からは江差町のシンボル、かもめ島や開陽丸を眼下に望む最高のロケーションです。

ランチは「にしんの親子丼」と言われていて、にしんが卵とじになってるのかな?と思っていたら

にしんの甘露煮にかずのこという親子丼で、にしんは柔らかく美味でございました。

食後にベランダに出て撮影をしていたら、ちょうど参加者のイケメンくんがいたのでモデルをお願いしたところ

快諾いただきまして、ポーズまでキメてくださいました。

LINE交換して写真を渡すという図々しくナンパしたおばさんと化したわけですが

このイケメンくんは昨夜の懇親会でも近くに座っていて、見学先でも新選組の話を熱心に質疑応答していたので

ただのヲタではなくて本当に好きなんだなぁと思って、入り口を聞いたら「るろうに剣心」だそうで(笑)

わたしが再燃したのは「銀魂」だと答えたら、さわやかな笑顔で応えてくれました。

前回戊辰戦争終結150年を記念して参加した2019年のバスツアー「鳥羽伏見の戦いを追って」では

「燃えよ剣」が入り口という王道の参加者が多かったのでイケメンくんもわたしも何か同じ匂いを感じた気がします。

   

暴風雪により北海道江差沖で座礁・沈没した旧幕府軍の軍艦・開陽丸。

沈没してから100年以上経った1974年、江差港湾に開陽丸の存在が確認されました。

それに伴い翌年から日本で初めて本格的な水中遺跡の調査が実施され、引き揚げられた遺物は

船具や武器、生活用品と様々で約3万点に及びました。

実寸大で復元された開陽丸記念館では、開陽丸が航海した時代の歴史の流れを解説したパネルと

約3,000点の引き揚げられた資料が展示されています。

音による大砲発射体験、ゲーム感覚の操船シミュレーションや砲弾の重量当て体験コーナーも人気で

ハンモック体験では、実際に寝てみて当時の船員の船内生活が体験できます。

   

ただ・・・このハンモックに寝ているマネキン船員の表情が、「遺体?」と思ってしまう出来栄えでして(笑)

ハンモックに乗ってみたいなぁと思っていたら、そこに愛さんが登場し「乗ってみたかったの~」と。

お茶目な愛さんを撮影することができたのですが、「門外不出で」とお願いされたので

ご本人にはLINEでお送りいたしましたよ。

   

11月に開陽丸青少年センター管理棟解体工事に伴い、開陽丸記念館も休館となるそうで

展示されていたパネルをご厚意でいただくことができて、榎本・土方ご両人でパネルと記念撮影です。

その後、このパネルはバスの中でのじゃんけん大会で参加者にプレゼントされました。

ま、外れたけどな(笑)

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月26日:松前城

   

松前奉行所跡は、現在は松前町役場です。

天神坂の北、馬坂から松前城に向かいます。

土方さん率いる旧幕府軍の奇襲でわずか1日で制圧した松前城は、日本最後の旧式築城です。

まずは、御朱印をいただき城内に入ります。

      

1941年に国宝に指定され、戊辰の役や開拓使の取り壊し、太平洋戦争でも残った松前福山城天守閣でしたが

1949年6月5日未明に松前町役場から出火した飛び火により焼失してしまいます。

現在の天守閣は町民の切なる願いと、全国からの善意により1961年に再建されたものだそうです。

榎本さんとお城をバックにツーショットを撮っていただきました。

そういえば、参加者全員での集合写真も撮影したのですが、それはどうしたら入手できるのでしょうね(笑)

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月26日:松前町法華寺

  

函館2日目、最終日です。

天気予報は雨・・・ホテルから見える空もどんよりしています。

荷造りしながら、今日はGジャンよりもコートがいいかな?と少し厚手のセーターを着て、朝食を食べに。

前回泊まったホテルは、朝から海鮮丼が食べられるような海の幸満載でしたが、ここはオーソドックスなメニュー。

でもあれこれ選んだら、トレイいっぱいで(笑)お腹もいっぱい。

   

バスは海岸線を進み、海の向こうにうっすらと見えるのは、岩木山。

松前城を横目で見ながら、法華寺に向かいます。

1868年11月5日、松前城を攻撃する土方歳三はこの法華寺に拠点を置き

南方に位置する松前藩の築島台場にも大砲を撃ち、海上からは軍艦・回天の艦砲射撃作戦が執られました。

当時の大砲でここからお城まで届くのかな?と思いましたがちゃんと届いたようで

武器の性能の差を戦術で補った土方さんは、剣豪から優秀な指揮官へと変貌を遂げていたのですね。

2019年9月、当時敵同士だった旧幕府軍と新政府軍は150年の月日を経て

「合同慰霊碑」という形で共に供養することとなったそうです。

奇しくも10月26日は、旧幕府軍が五稜郭を占拠した日であり、榎本武揚さんの命日でもあります。

それぞれが信念を持って戦いに挑んだ戦士たちが安らかに眠ることを願うこととしましょう。

   

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月25日:懇親会「旬花」

   

        

ホテルに一旦戻り、荷物をフロントに預けて、五稜郭タワー内にある懇親会会場に向かいます。

わたしの隣には五稜郭タワーの企画室長さん、その向かいには愛さんという豪華な席順で

楽しい食事時間を過ごすことができました。

歳三さん、あなたの「一杯だけだぞ」という約束はちゃんと守りましたよ。

ここで解散となり、それぞれがホテルに徒歩で向かうのですが、一人で帰るには少し不安だったので

ラッキーピエロを横目で見ながら集団に遅れないようついていくしかなくて

いったいいつになったらわたしは土方歳三ほたてバーガーが食べられるのだろう・・・

絶対リベンジを果たさねば!と心に誓いました。

   

ホテルマイステイズ函館五稜郭では、喫煙ルームが予約できていたのでゆっくり休むことができました。

窓からは五稜郭タワーが見えます。

帰宅してから、夜の街にもう一度戻ってもよかったのではないか?とちょっと後悔もしましたが

丸1日よく歩いたので身体は正直で、明日の準備と荷物の片付けをしたらあっという間に寝てしまったわけで(笑)

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月25日:弁天台場跡・新選組最後の地碑

   

新選組屯所跡地、称名寺をバスで通り過ぎ、本日最後の見学地弁天台場跡、新選組最後の地碑に向かう頃には

もう薄暗くなっていました。

江戸幕府が箱館湾口の防備のために、1856年から約8年をかけて築造した不等辺六角形の軍事要塞が弁天台場です。

完成した1863年は文久3年で、文久3年と言えば土方さんたちが浪士組として京に向かった年です。

1869年旧暦5月11日、新政府軍による箱館総攻撃の当日

弁天台場では箱館奉行、新選組隊士を含めた約240名が守備に当たっていましたが、新政府軍の攻撃を受け

土方さんは箱館の市街や弁天台場を救援すべく一隊を率いて一本木関門からの進撃を試みたものの狙撃され落命。

市街地が新政府側の手に落ちたことにより、弁天台場の旧幕府軍は孤立し、箱館奉行ともども降伏。

これにより新選組の戦いは終わり、函館は新選組最後の地となりました。

周囲の薄暗さがさらに悲しみを深めていきます。

そんな中、島田魁さんのモニュメントを見て、にゃんズはどうしているかなぁ?と思いました。

ティファを亡くしてペットロスになったけーちゃんが

血統書付きより保護猫のほうが逞しく長生きするだろうと選んだのが、魁です。

函館戦争を生き抜いた島田魁さんの名前をいただいたので、隊士の中でも特に推す存在です。

ここで新聞社の取材があったのですが、予定より40分ほど遅れて到着したのでずいぶん待たせてしまったようです。

いつ販売される新聞なのかなぁ?見ることができたらいいなぁと思いながらホテルに向かいました。

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月25日:市立函館博物館

   

バスに乗り込むと思いきや、函館八幡宮を通り越し博物館に徒歩で向かいます。

箱館戦争にまつわる錦絵、実際に使われた陣羽織や洋式軍服、砲弾や銃などが展示されており

激動の時代を振り返ることができます。

   

「箱館戦争」の展示図録が再販されたということで、帰りがけに参加者が購入に殺到していました。

わたしも、当然買いましたけどね(笑)

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月25日:碧血碑

   

義に殉じた武士の血は三年たつと碧色になる。

国内最大の内戦となった戊辰戦争で命を落とした旧幕府軍の土方歳三ら約800人を慰霊する碑名として

碧血は中国の故事から用いられたものです。

終戦後、新政府軍は旧幕府軍戦死者の埋葬を許しませんでしたが、それに異を唱えたのが侠客の柳川熊吉でした。

熊吉は実行寺住職の日隆らの協力を得て、打ち首を覚悟しながらも、町中に放置されている遺体を回収します。

結果的に処刑を免れた熊吉は、函館山の山麓に土地を購入し、実行寺などに収めていた遺体を改葬。

7回忌にあたる1875年、旧幕府軍の中心メンバーであった大鳥圭介や榎本武揚らの協賛を得て碑を建てたそうです。

行く先々の史跡にはモニュメントが建っているのですが

ご先祖様の写真と並ぶと本当に榎本さんはそっくりで、お父様より似ていると言われているそうです。

前回もそうでしたが、ここは本当にちょっとした登山で(笑)歩幅が合わない階段に膝がガクガクでした。

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月25日:五稜郭

   

2019年5月以来の五稜郭です。

前回は桜の時期だったのですが、今回は紅葉の時期ですが見頃はもう少し後のようです。

   

土方さんの埋葬地は諸説ありますが、その中に五稜郭内の土饅頭という説があります。

今回はその場所で手を合わせることがわたしにとってのイベントの1つでした。

1864年に建てられた「兵糧庫」は幕末から明治維新の激動の中、解体を免れた唯一の歴史的建造物です。

毎年8月のみ特別公開しているのですが、今回特別に見せていただくことができました。

五稜郭内で発掘された磁器やガラス製品、木製の水道用樋の実物、一の橋・二の橋で用いられていた古材

箱館戦争時に旧幕府脱走軍軍艦「蟠龍」の砲撃を受け爆沈した明治新政府軍軍艦「朝陽」の竜骨の一部などが

展示されていて、タイムスリップしたように感じました。

   

日本最初の開港地のひとつ箱館で、幕末の北辺警備と対外折衝の重責を担った箱館奉行所。

この江戸幕府の役所である箱館奉行所を守るため、西洋の城塞都市をモデルとし日本の築城技術により

日本初の洋式城郭五稜郭が造られました。

奉行所の広壮な建物は箱館戦争終結の2年後、明治4年に解体されましたが

それから140年後、往時の姿を可能な限り忠実に再現した箱館奉行所が2010年にオープンしたそうで

今回のツアーは、函館奉行所開館15周年を記念して企画されたものです。

何故15周年?とちょっと不思議に思っていたけれど、そんな歴史があったのですね。

バスの中での奉行所館長さんや五稜郭タワーの企画室長さんのお話も大変面白くずっと笑いと拍手が止みませんでした。

  

奉行所を出て、五稜郭タワーに向かったのですが、上に上がっても時間が足りないだろうからと断念し

お土産を買う時間にすることにしました。

わたしは新選組の羽織を着ているヒジカタ君しか持っていなくて、洋装のヒジカタ君が欲しいのですが

すでに終売になっているのかアルティスタにさえ在庫がなくて、一縷の望みをかけて見て回ったけれど

残念ながらやっぱり売っておらず、再販してくれーーー!となりました。

京都のお供には浅葱羽織、北海道には洋装と使い分けたいじゃないですか・・・

今後も地道に探すことにしましょう。

榎本武揚・土方歳三ご子孫と巡る函館戦争足跡ツアー 2025年10月25日:ホテル函館ひろめ荘

  

函館最初のランチは、ホテル函館ひろめ荘での「海鮮丼」です。

席についていたところ、「隣いいですか?」と隣に愛さんが座られました。

まぁ、そこでもじもじするわたしではないわけで(笑)

いつものようにバッグからお供の兼さんと国広を取り出して、まずは写真撮影をしたところ

「あー!いつものぬいぐるみ!」と、声をかけられ、なんと!貸してほしいと言われ

海鮮丼と一緒に撮影をするというお茶目な愛さんを見ることができました。

わたしと同じようなランチ画像が愛さんの携帯にも保存されるということが何とも嬉しい限りです。

 

さて、海鮮丼を食べる時の醤油の扱い方っていつも悩みませんか?

醤油を直接丼にかけず、ネタを醤油皿につけてからご飯と一緒に食べるのがマナーだそうで

ネタをかき混ぜずに、さっぱりしたものから脂ののったものへと食べる順番を意識すると

それぞれの味をより楽しめるのだそうです。

今までは食べたいものから食べていて、順番までは意識したことがなかったなぁ・・・