TBSチャンネルでドラマ「関ケ原」をやっていて、何気なく見ていた。
爽やかな加藤豪の石田三成と、狸オヤジな森繁久彌の徳川家康。
戦国時代が好きな人にはたまらない最大の合戦ではあるけれど
何度見ても西軍が勝つわけではない。
義を貫いていても勝てるわけではない。
佐幕派のわたしであっても、裏切り、画策、寝返りの連続でぐぬぬとなる。
まぁ、最後の家康の言葉にちょっと溜飲が下がったのだけれど
要するに徳川が300年続いたのは
石田三成のような忠義の家臣がいないとだめだということを学んだからだろう。
TBSチャンネルでドラマ「関ケ原」をやっていて、何気なく見ていた。
爽やかな加藤豪の石田三成と、狸オヤジな森繁久彌の徳川家康。
戦国時代が好きな人にはたまらない最大の合戦ではあるけれど
何度見ても西軍が勝つわけではない。
義を貫いていても勝てるわけではない。
佐幕派のわたしであっても、裏切り、画策、寝返りの連続でぐぬぬとなる。
まぁ、最後の家康の言葉にちょっと溜飲が下がったのだけれど
要するに徳川が300年続いたのは
石田三成のような忠義の家臣がいないとだめだということを学んだからだろう。
今日も富士山がきれいです。
そんな清々しい情景に反して、人員不足に困窮しているわたしはどんより気分。
時給を上げて募集をかけても応募者が来ない・・・
やっぱり土日に仕事をしたい人なんていないよね?
かといって、わたしが週末毎晩夜勤の応援に出れるわけでもなくどうしたものか?
見かねて応援に手を挙げてくれる人は本当にありがたいものです。
こんなに頑張っているのだからご褒美がほしいところなのですが
・・・チケットご用意されませんでした(´;ω;`)ウゥゥ
このところ、まっきーのチケットは外れまくりで、今後も当たる気がしない。
まぁ、そもそも平日に仕事サボって行こうとしたわたしが悪いのかもだけどね。
推しが売れるのはうれしいことだけど
あんまりわたしを粗末に扱うと推し変しちゃうぞ?
娘が帰省してきてからずっと腰が痛いと言っていて
年が明けてようやく病院に行ってきました。
原因はよくわからないようですが、エコーで見ると筋肉ががちがちで
注射を打ってもらってちょっと楽になったようですが
背骨にひびが入って治った跡がいくつかあったそうで
身体が細いうえに腹筋、背筋がないらしいです(笑)
・・・娘よ
いつ、何をしてひびが入った?
とりあえず、良質の蛋白質とカルシウムと適度な運動ですかね。
今年の紅白歌合戦の目玉は、刀剣男士です。←言い切った
ありがとうNHK。
ありがとうけんらんぶ。
刀剣男士がついに全国区となる瞬間を刮目せよ!って感じですかね。
いろいろなシーンでちょこっと映り込むわちゃわちゃ感が可愛かったですが
もう少し抜いてよと思ったのはわたしだけではないはず。
思い返せば、2016年5月20日。
刀ステのライビュに行ったのが刀剣乱舞との出会いでした。
ライビュ後すぐにゲームをインストールし、まんばちゃんを近侍にぽちぽち。
同時に舞台のチケットをゲットすべく戦争に参戦することとなり現在に至ります。
自分でもまさかこんなにハマるとは思ってもいなかったのですが
元々歴史が好きだし、時代劇が好きだし、歌やダンスが好きだし、イケメンがす・・・もごもご
わたしの好きなものがギュッと詰まった舞台にハマらないわけがなかったわけで(笑)
ゲームで顕現している刀剣男士はコンプリート、「祢々切丸」まであと2万点。
今はひたすら刀剣男士のレベルアップをしています。
そんなわけで、美しい太郎太刀、次郎太刀の「極」を公開。
今年も刀ミュに始まり、真剣乱舞祭で終わるという刀剣乱舞な1年でした。
まっきーの舞台も4作品見れたし、まずまずな成績だったのではないかと思われます。
ただ、来年3月でまっきーはフリーランスになるそうで
今後の活躍にどんな影響があるのか若干不安はあるのですが
まんばちゃんの審神者としてずっと応援していきたいと思っています。
紅白を見ながら年賀状を印刷している相変わらず呑気なわたしですが
今年もいろいろお世話になりました。
来年もここで仕事の愚痴を吐きつつ、布教活動に務めてまいります。
魁のご飯代とチケット代を稼ぐため(笑)頑張って働く1年にしたいと思います。
来年もよろしくお願いします。
昨日亡くなったけいちゃんの同級生のお宅にお悔やみに行ってきました。
彼との出会いは、中学時代。
名前を聞いて「もしかして習字習ってました?」と聞いたのが初対面の会話だった。
小学4年生から書道教室に通い始めたわたしは
教本に優秀作品として掲載される常連の1人に注目していて
どうしたらこんな風な字が書けるのだろうと勝手にライバル視をしていた。
その彼が目の前にいて会話をしていることに興奮したことを覚えている。
結婚式には得意のギター演奏をしていただいた。
年賀状で富士宮やきそば学会会長になったことを知って、それからの活躍や功績は周知の事実だ。
数年前から体調を崩していたことは知っていたけれど
今回の入院もまた元気に戻ってくると思っていたので、訃報を知った時には誰もが絶句した。
早すぎるよ、英彦さん。
そんなに逝き急ぐことはなかったのに・・・