へし切長谷部が「極」となって戻ってきました。
虚伝で直臣でもない奴に下げ渡されたとかなりお怒りでしたが、ジョ伝ではなんとも愛らしい表情で
手紙を読んで、「よかったね」となりました。
修行道具はあと3振り分持っているのですが、たぬたぬを行かせようか思案中。
さて、相変わらず貧乏審神者なわたしですが
数珠丸くんが来てくれなかったので、今週は小烏丸をゲットすべく鍛刀中でございます。
そしてKYな鶴さんや鶯丸に丸違いやー!と吼えるわけでして。
小烏丸イベントは27日までなので、来てほしいなぁ・・・
隣に部長が座って「18時までに仕上げてね」と圧力をかけてきます。
1枚ずつ策定した資料を見ながら「はい、やり直し」
・・・鬼です。
「どうしてこんなに原価が高いの?ロス率が高い場合は原価率も下げないとダメじゃん?」
今更ながらですが、策定の基礎を教わりながら修正を繰り返し
ようやく出来上がった時にはすでに22時近くになっていました。
マニュアルを見ながら策定した予算ですが、なんとか理解できたように思います。
わたし、やればできる子でした。
メール送信して、ふと目に入ったのが「アンケート改善資料」の締め切り日。
1月17日って・・・
わーすーれーてーたー!!
天気予報で雪の予報が出ているから早めに帰ってきた方がいいよ。
と言われて車で出たのですが、浜松は雨でした。
そもそも予報図を見ても静岡県の海岸沿いは見事に雪雲は無かったしね。
それでも帰りに蒲原から富士川SAのあたりは雪が舞っていて
ノーマルタイヤだし積もったら困るなぁと思ったものの、富士川を渡ったら雨に逆戻り。
まぁ、静岡で雪が降ったら日本全国白銀の世界になるのではないかと思うのですけど
都内はかなり深刻な状況だったようです。
4年ぶり?
まだその頃は相模大野に住んでいて、雪が降ると小躍りしていたっけ・・・
でもアパートの階段の雪かきが面倒だったなぁ・・・などと懐かしく思い出されました。
1月11日に交通事故にあったパートさんが16日に亡くなりました。
「お疲れ様、また明日ね」という日常の何気ない挨拶が
永遠の別れの言葉になるなんて誰も思ってもいませんでした。
術後容態が急変して今日明日が峠だと知らされても
週末を乗り越えたのでいい兆しなのではと思っていたのですが、願いは叶いませんでした。
普通に考えてもバイクが4tトラックに勝てるわけはないのでしょうが
それでも誰もが彼女の頑張りに希望を捨ててはいなかったのです。
事故のあった場所は、わたしの通勤路でもあります。
その日は上司を駅に迎えに行って、普段ならこの道を通るのですが
富士山がすごくきれいだったので港のほうを回るルートを選択していました。
もしいつも通りに通っていたら時間的にちょうど事故に出くわしたのではないかと思われます。
毎日通るたびに彼女のことを思い出し、安全運転でいこうと自分を戒める場所となってしまいました。
彼女とわたしは同い年で誕生日も2日しか違わないので
まだまだやりたいこともあっただろうにと思うと、本当に悔しさがこみあげてきます。
1日1日を大切に一生懸命生きることで悔いのない人生だったと言えるようになりたいと思いつつ
自分の告別式で友人がどんな弔辞を語ってくれるのだろうか?とか
遺影に使えるようなちゃんとした写真はないなぁとか
出棺の時のBGMは「ひとひらの風」にしてもらおうとか
煩悩だらけで、まだまだ長生きできそうですが・・・
皆さんも交通事故には十分注意してくださいね。